東京地方裁判所 昭和58年(ヨ)2263号
申請人
斉藤菊男
右代理人弁護士
花輪達也
被申請人
三葉興業株式会社
右代表者代表取締役
小林真賛雄
右代理人弁護士
冨田武夫
同
牛嶋勉
同
渡辺修
同
吉沢貞男
同
山西克彦
主文
一 本件仮処分申請をいずれも却下する。
二 申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一当事者の申立
一 申請人
1 申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 被申請人が申請人に対し昭和五七年一一月二一日なした自宅待機命令及び同年一二月六日なした休職処分の効力をいずれも仮に停止する。
3 被申請人が申請人に対し昭和五七年八月一一日なした被申請人の就業規則第八条に基づく勤務時間変更の効力を仮に停止する。
4 被申請人は申請人に対し金五〇万四五五五円及び昭和五八年五月一五日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り月額金一七万五〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
5 申請費用は被申請人の負担とする。
二 被申請人
主文と同旨。
第二当裁判所の判断
一 地位保全(申請の趣旨1)の申立について
1 本件疎明資料と審尋の全趣旨とによれば、申請人は、映画、演劇の興業等を目的とする会社である被申請人会社に昭和四三年四月二二日雇用され、以後映写技師として勤務を続け、昭和五七年五月一四日をもって定年退職し、翌一五日から嘱託として再び同社に雇用された(この契約を以下「本件嘱託契約」という。)が、同社から昭和五八年四月一三日付書面により、同年五月一四日の本件嘱託契約の期間(一年)満了日をもって右契約を終了させ、以後更新しない旨の意思表示(以下「本件更新拒絶」という。但し、厳密には「新たに雇用契約を締結しないこと」であることは後に説示のとおりである。)を受けたこと、そして、右の五月一四日の経過後は、同社から従業員として遇されていないことが認められ、この認定を左右するに足りる疎明はない。
2(本件嘱託契約における期間の定めの存否)
被申請人は、本件嘱託契約の期間は昭和五七年五月一五日から翌五八年五月一四日までの一年間であると主張し、これに対し、申請人は、被申請人会社の慣行もしくは申請人と被申請人会社間の暗黙の合意により、本件嘱託契約は期間の定めのない雇用契約として締結されたものであるから、被申請人会社のした雇用期間の満了を前提とする本件更新拒絶は無効であると抗争するので、以下この点につき検討する。
(一) まず、本件疎明資料と審尋の全趣旨とによれば、申請人と被申請人会社との間で作成された昭和五七年五月一四日付本件嘱託契約の契約書である疎甲第二号証(但し、同号証では作成年が「昭和58年」となっているがこれは明白な誤記であると認められる。)によれば、その第一条において「昭和57年5月15日より昭和58年5月14日まで一年間」と雇用期間が明示されており、申請人が右記載を認識したうえで右契約書に署名、押印したものであることが一応認められ、この認定を左右するに足りる疎明はない。
右事実によれば、他に特段の事情の存しない限り、本件嘱託契約はその期間を昭和五七年五月一五日から翌五八年五月一四日までと定めて締結されたものであるというべきである。
(二) そこでなお、申請人が反論するように、右疎甲第二号証の契約書中の「一年」という期間の定めの記載のもつ意味が単に形式的であって意味のないものであり、結局は期間の定めのないことが暗黙のうちに合意されているものか否かについて、右契約締結に至る経緯、労使間の協定書である疎甲第三号証の文言、被申請人会社の雇用の実態、慣習等の諸々の観点からさらに検討することとする。
(1) 本件疎明資料と審尋の全趣旨とによれば、以下の事実を一応認めることができる。
申請人は、昭和五五年頃から被申請人会社に対して定年の延長を要求しはじめ、昭和五七年四月一三日全関東単一労働組合三葉興業分会を結成してみずからその分会長となり、以後右組合執行委員長片山岩一の協力を得て、前記要求を掲げて交渉を続けたが、同社が定年延長に応じなかったため交渉は並行線をたどっていた。しかし、同年四月二八日、被申請人会社から申請人の定年退職後、同人を嘱託として再び雇用するとの申出があり、これを受けた前記片山岩一は、右申出を了承し、翌二九日同社副社長小林力との間で申請人の嘱託雇用について個別折衝を行なった。その席で片山が小林に対し嘱託期間についての説明を求めたところ、小林は一年間である旨回答をしたが、これに対し片山から六〇歳まで申請人を継続して雇用するようにとの要求は特になされないまま嘱託としての賃金額の交渉へ移行し、これは妥結には至らなかった。そして、五月二日には前記小林と、申請人、片山が出席して団体交渉がもたれ、小林は、この席でも嘱託期間は一年である旨発言したが、これに対し特に反論等がないまま、主として右賃金の点について交渉がなされ、その後賃金額について合意に達し、五月一三日被申請人会社社長及び副社長並びに申請人、片山ほか二名が出席して団体交渉がもたれ、結果として疎甲第三号証の協定書が作成され、これを前提として翌一四日被申請人会社と申請人は、その間で前記契約書(疎甲第二号証)を作成したが、その際同社総務部長古宇田政夫が申請人に対し嘱託雇用期間が一年間であること及び賃金額等を説明し、申請人は、これを聞いたうえで同契約書に署名、押印をした。
以上の事実を一応認めることができ、昭和五七年四月二九日の小林と片山の個別折衝の席上で、小林が一年という期間は形式的なものと考えてよい旨の発言をしたとの記載のある片山の報告書(<証拠略>)及び同年五月一四日契約書(疎甲第二号証)を作成した際、古宇田が申請人に対し期間一年というのは形式的なもので問題はない旨発言したとの記載のある申請人の報告書(<証拠略>)は、いずれも被申請人会社において定年制を採用しており、その延長問題について労使間交渉が続けられたが、結局において妥結に至らなかったこと、それが後に認定のように映画興業界一般の不況の中において被申請人会社も合理化の必要に迫られていてその一環として映写業務の自動化を図り、映写技師を必要としなくなっていたことに起因するものであることを考慮すると、前記各記載に反する内容の記載のある小林の陳述書(<証拠略>)及び古宇田の陳述書(<証拠略>)と対比すると、にわかに措信し難く、他に前認定を覆えして申請人の主張を認めるに足りる疎明はない。
(2) 次に慣習等の点について検討するに、本件疎明資料と審尋の全趣旨とによれば、被申請人会社は、嘱託契約は原則として一年の期間を定めて締結し、一年毎に契約書を作成して契約を更新しているものと一応認められ、申請人主張のように、嘱託契約が定年退職後も相当高齢に至るまで、期間の定めのない雇用契約として継続されるとの慣習もしくは暗黙の合意が存在することについては、本件全疎明を検討してもこれを認めるに足りない。
(3) 以上のとおり、当初は定年延長問題が労使間の懸案事項であったが、互譲の結果、嘱託の形で申請人を再度雇用することとし、就業規則七二条に準じて定年退職後も引続き嘱託として再び雇用するとの意味で雇用を継続する旨の協定書(疎甲第三号証)が作成され、その具体化として、就業規則七二条所定の雇用期限を一年間と定めて契約書(疎甲第二号証)が作成され、したがって、本件嘱託契約においては、その契約書に記載のとおり、昭和五七年五月一五日から一年間の期間を定めて被申請人会社が申請人を雇用する旨申請人と被申請人会社間で合意が成立したものと推認するを相当とし、これを覆えすに足りる特段の事情も疎明も存しない。
3(本件嘱託契約の期間の定めの有効性)
申請人は、仮に本件嘱託契約が一年の期間の定めのあるものであったとしても、右定めは、職務内容その他の点で正社員と何らの差異のない者を嘱託として区分差別し、賃金コスト抑制、景気調節を専らの目的とした不合理な脱法行為であり、公序良俗に反して無効であり、したがって、期間の定めがないものと同様である旨主張するので以下においてこの点につき検討する。
本件疎明資料と審尋の全趣旨とによれば以下の事実が一応認められこれを覆えすに足りる疎明はない。
昭和五七年四月一日時点における被申請人会社の従業員は三〇名で、その内訳は、正社員九名、嘱託五名、パートタイマー三名、アルバイト一三名であって、嘱託五名のうち三名は入社時点において既に定年を上回るかそれに近い年齢であったもので、当初から嘱託として採用されており、残り二名は、元社員であったが、定年退職後嘱託として再度雇用されたものである。また、パートタイマーの三名は、いずれも入社時において既に定年を上回っていたもので、いずれも当初からパートタイマーの映写技師として採用されたものである。そして、右嘱託、パートタイマーはともに原則として雇用期間を一年とし(業務の都合でより短期のものもあった。)、契約更新がなされてきたものであり、嘱託五名の平均勤務年数は四年八か月である。
右事実によれば、被申請人会社における嘱託、パートタイマーは、入社時において既に定年年齢を上回っているか、社員であった者が定年に達して退職した後再度雇用された者であって、右扱いは定年制というものが存する以上不合理な扱いであるとはいい難く、また反覆更新が常態化しているとまでは認めるに足りる疎明はなく、結局、脱法行為的雇用形態であるとして公序良俗に反するものとは認めることができず、他に申請人の前記主張を肯認するに足りる疎明はない。
4(解雇法理の類推適用の可否)
申請人は、仮に本件嘱託契約に一年間の期間の定めがあり、かつこれが有効であったとしても、嘱託契約の成立経緯、社員と嘱託、パートタイマー、アルバイトの職務内容において明確な差異はなく、また契約の反覆更新が常態化していること等からすると、本件更新拒絶には解雇の法理が類推適用されるべきである旨主張する。
しかしながら、確かに本件疎明資料によれば、社員と嘱託その他の職種の職務内容には明確な区別は見出し難いことが、窺えないでもないが、前記3で説示のように、本件嘱託の雇用の反覆継続が未だ常態化しているとまでは認めるに足りる疎明がなく、また被申請人会社の雇用形態が脱法的なものであるとも認めるに足りないものであるところから、本件更新拒絶の意思表示を実質的な解雇の意思表示と認めることはできず、したがって、これに解雇の法理を類推適用する余地はないものというべきである。
5(不当労働行為)
申請人は、本件更新拒絶(厳密には「新たに雇用契約を締結しないこと」というのが相当である。)は、被申請人会社が申請人の組合活動を嫌忌してなした不当労働行為である旨主張し、これに対し被申請人は、もはや申請人の雇用を必要としない被申請人会社の経営状況にあること及び申請人の劣悪な就労状況をあげて反論するのでこれらの点につき以下において検討する。
(一) 本件疎明資料と審尋の全趣旨とによれば以下の事実が一応認められ、これを覆えすに足りる疎明はない。
(1) 昭和五七年四月一三日、申請人を中心にして全関東単一労働組合三葉興業分会(以下「組合」という。)が結成され、同人がその分会長に就任し、同日から申請人の定年問題について被申請人会社に対し団体交渉を要求し、その後数次にわたる団体交渉の結果右問題につき妥結したことは前認定のとおりである。
(2) 組合は、同年六月二二日から、被申請人会社に対し、夏季一時金について要求し、その後四回の団体交渉を重ねたが、同年八月三日に至って被申請人会社が最終回答をし、組合がこれを拒否したのを最後に以後その間において団体交渉はもたれなくなった。
(3) その間、組合は、同年七月一四日から九月二八日まで、被申請人会社経営の新宿パレス座、渋谷パレス座においておよそ一〇波にわたる争議行為を実施した。そのうち九月九日の右渋谷パレス座における状況は左記のとおりであった。
申請人らは、午後六時二〇分頃から、劇場正面の壁面等に横断幕やビラを貼って、演説をし、さらに午後七時頃から同八時すぎ頃までの間、申請人と松田組合員らは、同劇場映写室に入り込んでこれを占拠し、被申請人会社副社長小林力や同社員伊藤が入室しようとするのを、内側から鍵をかけ、ドアを固定するなどして阻止し、その結果、同日午後七時二五分からの映画の上映が不可能となった。
(4) 申請人は、同年一〇月一二日、右九月九日の争議行為について威力業務妨害の容疑で逮捕され、続いて公判請求され、同年一一月九日に保釈された。
(5) 被申請人会社における映写技師の労働時間及び勤務シフトは、昭和四〇年頃までは、三人一組の勤務であり、就業規則九条別表二の如く、一人について一日実働七時間(以下すべて実働)、一週四二時間であった。昭和四〇年から同五七年八月一〇日までは二人一組の勤務となり、一人については、通常一日六時間、通し勤として週一日一二時間で一週四二時間であった。そして、同五七年八月一一日からは、申請人と、営業兼任の伊藤の二人勤務で、週のうち四日間を一日五時間、通し勤として週二日間、一日一一時間の勤務とし、一週四二時間となった。なお渋谷パレス座においては同五七年一月から自動映写装置が導入され自動映写化が完成している。
申請人は、昭和五七年八月一一日からの被申請人会社の右新勤務シフトに従わず、同社の下で就労していた同年一〇月一一日まで合計一〇〇時間三〇分につき右新勤務シフトによる就労をしなかった。
(6) 被申請人会社は、昭和五七年一一月二一日申請人に対し自宅待機命令を発し、同年一二月六日同人を休職処分に付し、翌五八年四月一三日本件更新拒絶の意思表示をした。
(7) 被申請人会社は昭和二七年に設立されたものであるが、映画興業界の一般的傾向として昭和三五年を頂点として入場人員が減り続け、その結果経営状態は悪化の一途をたどっている状況にあるところ、被申請人会社も同様で、昭和四四年には浦和劇場を、翌年には蒲田帝都座を各閉鎖し、従業員の新規採用を控え、映写業務の自動化を図り、合理化、経営改善を進めてきた。その結果、映写業務については、渋谷パレス座において、昭和五六年二月プラッターを、翌五七年一月自動プログラム装置及び監視テレビを設置し、自動映写化を完成させた。
(二) 不当労働行為の成否
前認定のような申請人の組合分会長たる地位、組合活動状況及び活動において果した役割等を総合すれば被申請人会社の本件更新拒絶が申請人の組合活動と全く無関係になされたものとは速断し難いところもなくはないが、むしろ、昭和五七年一月にはすでに被申請人会社は前認定のような事情から映写技師を必要としなくなっており、加えて、申請人のなした前認定の昭和五七年九月九日の争議行為は、映画興行を業とする被申請人会社にとっては映画館における興行機能の中枢をなす映写室を占拠し、被申請人会社の支配を完全に排除し業務を阻害するという致命的なものであり、申請人が争議突入の契機をなすとする団体交渉における被申請人会社の応待、団体交渉が開かれなくなった経緯、その他の諸事情を考慮してもなお、右申請人の行為は、正当な争議行為の範囲を大きく逸脱したものといわざるをえない。そして、同年八月一一日から施行された新勤務シフトについても、申請人の主張にかかる一日六時間勤務及び映写技師の勤務割当の自主決定権が認められてきたとの慣習の存在についてはこれを認めるに足りる疎明はなく、また実質的に労働条件を検討するも、確かに、通し勤が増えてはいるが、他の勤務日(早番、遅番の日)の労働時間が短縮され、一週の総労働時間については変更はなく、しかも映写業務の自動化により労働の強度はむしろ減少しているのであり、通し勤の増加をもって労働条件が実質的に悪化したとも認めることはできず、そして右新勤務シフトは就業規則八条に根拠を有するものである。よって、右は形式的にも実質的にも違法な労働条件の変更とは、いえないものというべきであり、申請人の前認定の不就労は正当なものということはできない。
以上を総合勘案すると、本件更新拒絶はむしろ、申請人の労働力を必要(ママ)しなくなったとする被申請人会社の経営状況及び前記申請人の勤務態度を主たる理由とするものと推認され、これを覆えして本件更新拒絶が不当労働行為であると認めるに足りる疎明は他に存しない。
6 以上を要するに本件地位保全の申立については、その被保全権利について疎明がないことになるばかりでなく、例外的に就労請求権が認められる等地位保全を必要とする特段の事情の存在についての疎明のない本件においては、保全の必要性もないものというべきである。
二 自宅待機命令、休職処分の効力の仮停止(申請の趣旨2)及び勤務時間変更の効力の仮停止(同3)の各申立について
右各申立は、いずれも、申請人に、被申請人会社との間における雇用契約上の地位が存在することを前提とし、もしくはその地位が存在してはじめて意味を有するものであるというべきところ、前記一において説示の如く、そもそも地位保全の仮処分においてその被保全権利の存在についてこれを認めるに足りる疎明がないのであるから、右各申立はその前提を欠き、その被保全権利が存在しないものというべきである。
三 金員の仮払(申請の趣旨4)の申立について
1 申請人が昭和五七年八月一一日施行の勤務シフトに従わなかったことを正当とする事由につき疎明がないこと前記一5で説示のとおりであるから、申請人の本件申立の不就労期間(一〇〇時間三〇分)に対する賃金請求債権が発生すると認めるに足りる疎明はないものというべく、右申立部分は被保全権利につき疎明がないというべきである。
2 休職中の賃金カット分については、まず、昭和五七年九月九日の申請人のなした争議行為がその正当な範囲を大きく逸脱したものであり、右行為により申請人が同年一〇月一二日逮捕され、起訴されたことは、前記一5に認定のとおりである。
本件疎明資料と審尋の全趣旨とによれば、同年一二月六日休職処分発令当時の申請人の態度、夏季一時金要求交渉の進展状況等からすれば、申請人が当時職場に復帰したならば、同年九月九日と同様に職場秩序を混乱させ、被申請人会社の業務を阻害し、その対外的信用を毀損せしめるおそれが存在したことが一応認められ、被申請人会社が右判断により就業規則六七条二号により休職処分をなし、その結果賃金をカットしたことは止むをえないものと一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。したがって、右申立についても被保全権利につき疎明がないものというべきである。
3 昭和五八年五月一五日以降の賃金仮払の申立も、前記一において説示のとおり申請人と被申請人会社間における雇用契約上の地位につきその被保全権利が疎明されないので、その前提を欠くもので、その被保全権利につき疎明がないことに帰するものというべきである。
四 よって、申請人の本件各申請は、いずれも被保全権利について疎明がなく、かつ、保証を立てさせて疎明にかえることは相当ではないものというべきであるから、さらに爾余の点について判断するまでもなく、本件申請をいずれも失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 渡邊昭)